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小山よし姫の墓
夫の元にたどり着けなかった悲劇の姫
星野遺跡を抜けて寒沢の渓流沿いに林道をたどると、しばらくして、南北朝期の武将で下野の守護であった小山義政の正室よし姫の墓があります。
善政は鎌倉公方足利氏満に叛き粕尾城(現粟野町中粕尾)に籠ったが、戦いに敗れて赤石河原で自刃しました。
よし姫は夫義政のあとを追い、大越路峠を越えて粕尾に行くため、侍女一人を伴って星野の里に一泊したが、そのとき、大切そうに持っていた乾飯の袋を黄金の袋とまちがわれ、欲に目のくらんだ案内の三左衛門に殺されたと言われています。
江戸時代、村人たちは、これを哀れみ「よしひめのはかしょ」と墓碑を刻み、正面に南無阿弥陀仏、側面に「享保11年9月末日」と記し供養したといいます。
近年になって、小山よし姫保存会の人々により大応寺敷地内に堂宇が建立されました。昭和37年(1962年)に、よし姫の墓は市指定文化財(史跡)となりました。




