県庁堀

旧県庁跡地唯一の遺構

明治4年(1871)の廃藩置県により、その11月に下野国は栃木県と宇都宮県にわかれ、さらに、明治6年(1873)には栃木県に統合され、栃木町は下野国を一つの県とする栃木県庁の所在地となった。

現在の栃木市役所、栃木市立栃木中央小学校、栃木県立栃木高等学校のある区域がその敷地跡である。

当時、その敷地の周囲に、約1キロメートルに及ぶ堀を巡らしたが、その堀が今も残り、県庁堀と呼ばれて多くの鯉が群れ泳ぐ姿を見せている。明治16年(1883)第三代県令となった三島通庸(みしまみちつね)はその翌年、県庁を宇都宮に移転したため、わずか13年で県都の幕を閉じている。

この移転の事情には諸説あるが、当時、栃木町が自由民権運動の拠点であったこともその一因といわれている。

旧県庁跡地唯一の遺構である県庁堀は平成8年(1996)県指定文化財(史跡)となった。

県庁堀県庁堀

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