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謙信平
関東平野を見渡した上杉謙信が、あまりの広さに目を見張ったという故事から生まれた。
戦国時代の頃、関東平定を競い対立した越後の上杉謙信と、小田原の北条氏康は、当時の大中寺住職虎溪和尚(こけいおしょう)の斡旋により、永祿11年(1568)9月、大中寺において和議を結んだ。
そのあと、上杉謙信は太平山に登り、兵馬の訓練を行い太平山上から南の関東平野を見渡し、あまりの広さに目を見張ったという故事から謙信平の地名が生まれたいわれる。
茶店が並ぶ南側には、水戸天狗党の鎮魂碑がある。
「おもう、むかし勤王の士 義旗をこの地にあげ 方今よりて無事 石に題す」
と刻まれた碑は、明治14年(1881)6月に来栃した日向国(現宮崎県)高鍋藩主の世子、秋月種樹(あきつきたねたつ)が地元有志と太平山に回遊した際に発起人となり立てた石碑である。





